2015年3月2日月曜日

船酔い海にロマンを感じなくなった

航海中に船員のご飯を作る仕事をはじめて2ヶ月経ちます。船酔いには慣れる気配がないので、もう諦めました。本当に辛いよ船酔い。(笑)
北海道あるある。海が凍ります。表面だけですけどね。こんな景色初めて見たー!
あとは最近クライミングを真剣に始めました。まあ遊びなんですが。登山の総合力を高めたいと思って。今までひたすら「歩く」ことに重点をおいてトレーニングしてきました。重い荷物を背負い、日帰り~3日間程度。長いときは一週間。山歩きの中で岩場の急な斜面を通るときはあるのですが、そこから一歩踏み込んで垂直な壁にも対応できるように技術を学んでるところです。
このブログの存在をふと思い出して近況を書きましたが、これからはたまに書いていこうと思います。モノを書くって難しいけど好きです。

2015年1月12日月曜日

船のコック

明日から十日間の航海です。今度の仕事は船のコック。(といっても料理そんな出来へんから、調理師の補助やけど)ONE PIECEで言うところの、まぁサンジやな。(笑)冬の海は荒れるらしい。船酔いが心配である。。。

家を数日のあいだ留守にするときは水道管の水を抜くのが寒冷地の常識だそうで。水道管が凍結すると破裂して、家の中が水びたしになるそうな。洗面所、お風呂、台所、あらゆる栓を外す。寒い地域ならではやなぁ。

北海道ならではの仕事。楽しんできます!

2014年6月27日金曜日

お仕事

お仕事辞めるし家も無くなる。
住所不定、無職、イェーイ。
ワクワクすんな〜。

2014年3月23日日曜日

今日は日曜日。本を読もう。

永遠に生きるかのように学べ。
明日死ぬかのように生きろ。

マハトマ・ガンジー

2014年3月17日月曜日

漢字遊び

舞という字は
無に似ている。

舞の姿の多様な変幻。
その内側に保たれる軽やかな無心。
舞と同じ動きの。

母は舟の一族だろうか。
こころもち傾いているのは、どんな荷物を積みすぎているせいか。

吉野 弘

2014年3月16日日曜日

切断

インターネット、テレビ、新聞から距離を置いたら時間が増えた。ラジオは好きだからたまに聞く。誰がどうした何があったなんて、別にいいじゃない。自分を生きてる。活字と共に活きる毎日です。

2013年11月30日土曜日

釧路の人たち

よく笑い、
よく食べて、
よく呑み、
よく運動をし、
よく学び、
馬車馬のように働く。
人に優しく、
自分に厳しい。
そんな人々が住まう所。
釧路に来て良かったと心から思う。
年末年始は東京と三重で過ごします。

2013年9月21日土曜日

旅をするように生きる

昨日から北海道の釧路にいる。

朝晩は冷え込む。とっても寒い。三重と比べて気温差は10度くらい。

昔、無職のときアッチコッチ行ってるもんだから「きみは旅をするように生きてるね」て言われたことがある。以来、その言葉が指針になっている。無意識にも。

中部国際空港(セントレア)から釧路への空路は少々不便だがそこが気に入ってたりもする。中部国際空港から新千歳空港、新千歳空港から釧路空港と乗り継ぐ必要がある。

新千歳〜釧路間は航空時が短い。そして機体サイズも小さい。大型ジェットよりもよく揺れるし、発着時もゴォォーーーと大きな音がする。

釧路空港に着陸する瞬間のゴォォーーーという大きな音。それは人生が変わる合図のような気がした。ここから、また始まる。





2013年9月3日火曜日

1/3

来月に北海道へ引越すことを決めた。釧路市に住む。そのことを友人・知人に報告すると大抵は驚かれる。決めたとは言うものの移住することは僕の頭の中でずいぶん前から考えていたことで、あとは行き先を北にするか南にするかの決断をするだけだった。友人の驚きっぷりを見て「ああ、本当に四日市を出るんやなあ」という実感が湧いてきた。 僕は三重県の四日市市から出たことがない。愛知県名古屋市の名古屋へ入学したが、四日市市から通うことができたので一人暮らしもしなかった。 僕は現在31歳だ。12月に32歳になる。90歳まで生きることができると仮定すれば、もう人生の1/3が過ぎてしまったことになる。ここらでちょびっと冒険をしたくなったのだ。ちなみに南なら屋久島か、その近郊の島へ行くつもりだった。まあ行き先はどこでも良いといえばどこでも良かったのだが、やりたい事やすべき事もぼんやりと見えてきて、北海道行きを決めたのだ。 出来れば夏前に行きたかった。釧路は真夏でも20℃程しか気温が上がらないという。引越す頃はここらの真冬並みの気温になっているだろう。寒さは特に心配していない。むしろ楽しみだ。出発前にたくさん友人に会っておきたいという思いはだんだん薄れてきた。移住といっても日本だし。とはいえ、食事やお酒のお誘いをたくさん頂いて、感謝の気持ちで一杯です。四日市で一番お世話になったのは、何といってもバンドの仲間たち。あと一ヶ月はこっちにいるから会おう。飲もう。